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福岡高等裁判所 昭和51年(行コ)6号 判決

控訴人 玉名労働基準監督署長

訴訟代理人 武田正彦 三島敕 ほか二名

被控訴人 石本進

三新建設有限会社

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、補助参加によつて生じた分は補助参加人の、その余は被控訴人の、各負担とする。

事実

一  控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。ただし、〈証拠省略〉を〈証拠省略〉と、それぞれ改める。

1(一)  控訴代理人は、次のように付加して陳述した。

(1) 控訴人が昭和四六年六月一八日付で被控訴人に対してなした、労働者災害補償保険法(以下、労災保険法という。)による障害補償給付支給に関する処分(以下、本件行政処分という。)は、被控訴人には右膝関節部の機能障害と神経障害(疼痛)とが残存していることを認めたうえで、労災保険法施行規則(以下、労災施行規則という。)別表第一障害等級表(以下、障害等級表という。)に定める重い方の障害等級である第一〇級の一〇(以下、特に付記しない場合でも、障害等級はすべて同表所定のものを指す。)に該当するとしているけれども、それが、第一三級以上の身体障害が二個以上ある場合の、いわゆる併合繰上げを定めた労災施行規則第一四条第三項に違背することはない。

すなわち、本件行政処分は、昭和四二年一一月一六日付労働省労働基準局長発各都道府県労働基準局長あての通達(基発第一、〇三六号)によつて示された「重い外傷又は疾病により器質的又は機能的障害を残す場合には、一般に患部に第一二級又は第一四級程度の疼痛等神経症状を伴うが、これを別個の障害としてとらえることなく、器質的又は機能的障害と神経症状のうち最も重い障害等級によること。」という解釈例規(以下、本件行政解釈という。)に従つて行われたものであるところ、労働者災害補償保険(以下、労災保険という。)における障害補償制度の目的は、一般的な労働能力の喪失を公平に填補することにあるから、同一部位に主たる身体障害とこれより通常派生する付随的身体障害がある場合、その付随的身体障害は当該主たる身体障害に吸収されるものとして、それに含めて考慮するのが合理的であるが、本件行政解釈は、この道理を明らかにしたものにほかならない。しかも、もし、このような、同一部位に主たる身体障害とそれより通常派生する身体障害とが存する場合にあつても、当然併合繰上げをすべきものとすれば、我が国における労働能力喪失率の評価が、百分率で行う諸外国の例と異り、一四段階の障害等級で決定されるところから、労働能力の喪失の度合を過大に評価し、むしろ不公平な結果を招来することにもなりかねない。

これを本件の場合についてみるに、被控訴人に残存している右膝関節部の疼痛は、同局部の器質又は機能障害が原因となつて、それに随伴して発生したものであるから、右器質又は機能障害の一症状として包括的に評価さるべき関係にあり、従つて、本件行政処分が、本件行政解釈に従い、被控訴人の障害等級を重い右膝関節部の機能障害のそれに該当するものと判定したのは、当然のことであつて、いわゆる併合繰上げを定めた労災施行規則第一四条第三項に違背するものではない。

(2) 被控訴人の右膝関節部に残存している神経症状は、被控訴人の主張するようなカウザルギー又はそれに類する神経障害ではなく、その程度も、障害等級表の第一二級を上廻わる等級に該当することはない。

すなわち、被控訴人の右神経症状は、右膝関節部に局在する疼痛であるから、医学的な観点のみからいえば、元来神経障害ないし神経症状の範ちゆうに入るものではない。けだし、身体の損傷部位に局在する疼痛は、当該部位の炎症性反応や器質損傷によつて、その組織内に存在する知覚神経の末端機構が刺激されることにより発生するものであるのに対し、神経障害は、部位別に脳、脊ずい、末梢神経の障害に大別されるが、そのうち末梢神経の障害とは、当該神経の切断、圧迫等により生じる神経症状で、労働能力の喪失を伴うものをいい、筋肉などの麻痺や放散性の激痛発作をひきおこす神経痛及び自律神経の損傷により生じるカウザルギーなどがこれに該当し、被控訴人に残存しているような関節痛などの身体部位に局在する疼痛とは、明らかに異るからである。もつとも、かような、身体の損傷部位に局在する疼痛も、一般には神経症状と呼ばれることがあり、障害等級表第一二級の一二及び第一四級の九に掲げられている「局部の神経症状」のなかには、これらの疼痛も包含されているけれども、医学的にいえば、神経症状にはあたらず、かつ、これらの疼痛が障害等級表の第一二級以上の等級に該当することはありえない。

(二)  被控訴人は、次のように付加して陳述した。

控訴人は、被控訴人の右膝関節部に残存する神経障害は同局部の機能障害から付随的に派生するものであるとして、本件行政解釈を援用して、重い機能障害に吸収される、旨主張している。しかしながら、仮りに、局部的に存する神経障害が、それと同一部位にある機能障害に吸収して評価される場合があるとしても、それは、心因性の疼痛その他疼痛の発生原因について医学的な説明ができず、かつ、その疼痛の程度が労働能力の喪失を招くおそれの稀薄な場合にかぎられる。従つて、かような神経障害は、障害等級表第一二級又は第一四級に該当するに過ぎず、そのような軽微な神経障害のみが、それと同一部位の機能障害に吸収されるのである。ところが、被控訴人の右膝関節部の神経障害は、膝関節部を構成する諸器管(大腿骨、下腿骨、関節のう等)に損傷的変化があり、かつ、その病的変化の刺激を受けて、膝関節構成器管の組織体である神経(求心性神経系、遠心性神経系)の絞縮又は圧迫等によつて生ずるものであるから、医学的な説明が十分可能であり、又右膝関節部の機能障害との間に、付随性は存在しない。そして、右機能障害は、歩行動作の迅速性を著しく減退し、、正座不能その他日常生活上の不便をもたらしているけれども、労災保険が補償すべき労働能力喪失の面からみると、職種の選択によつては、ある程度まではその減退を避けることができる。しかしながら、被控訴人の場合は、右膝の疼痛が著しいため、現実には労働能力に大きな制限があり、軽易な労務以外の労務に服することができないでおり、このことは、被控訴人が昭和四五年八月一三日に受診した熊本労災病院医師橋本広の診断の結果〈証拠省略〉によつても明らかである。それ故、被控訴人の右膝関節部の神経障害は、障害等級表第七級の四に該当するものであり、同局部の機能障害に付随して発生する軽微な疼痛ではない。

そうすると、被控訴人の右膝関節部の神経障害は、当然同局部の職能障害及び器質損傷(その内容は、従前主張のとおり。)とは別個に存在する独立の障害として把握されるべきであり、従つて、本件行政処分が、被控訴人の障害等級を認定するにあたり、右神経障害を右機能障害から派生したものとして取扱い、いわゆる併合繰上げをしなかつたのは、労災施行規則第一四条第二項、第三項の法意に違背するものといわなければならない。

(三)  補助参加人は、次のように付加して陳述した。

被控訴人に残存している後遺障害は、右膝関節部の運動領域の制限及び膝関節周囲筋肉の筋力低下等の機能障害並びに右膝関節部の運動痛としての末梢神経障害であり、後者は、右膝関節部の末梢神経の圧迫や炎症性反応により末梢神経が刺激されて生じる疼痛である。そして、同一部位における機能障害と疼痛とは、同時に発生することが多いとしても、常にそうであるとはいえないばかりか、仮りにそうであるとしても、控訴人の主張するように、疼痛が機能障害から派生したものであるとして、前者を後者に吸収させて評価することは、つまるところ、後遺障害の認定にあたり、疼痛の有無は何らの意味を持たないという結果をもたらすことになる。しかも、控訴人の場合にあつては、その労働能力に及ぼす影響は、右膝関節の機能障害よりも、むしろ同一部位の疼痛によるところが大きいから、右疼痛の原因が神経自体の損傷に由来するものでないからといつて、右疼痛を当該部位の器質又は機能障害の一病状として包括的に評価するのが不当であることは、明らかである。

2  〈証拠省略〉

理由

一  先きに引用した、原判決挙示の請求原因一、二及び四記載の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  進んで、被控訴人に残存している後遺障害の態様及び程度について判断する。

1  右膝関節部の著しい機能障害

被控訴人の右膝関節部に被控訴人主張のとおりの機能障害、すなわち、右膝の屈曲が悪く、下り坂や階段の下降が困難で、正座不能、右膝関節の運動範囲は左膝関節のそれに比して二分の一以下に制限される、という機能障害が存することは、当事者間に争いがないところ、被控訴人は、右機能障害は障害等級表第八級の七に該当すると主張するのに対し、控訴人は、それが同表第一〇級の一〇に該当する旨主張している。

そこで、検討を加えるに、障害等級表によれば、第八級の七では「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの」と定められているのに対し、第一〇級の一〇では「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」と定められているところ、〈証拠省略〉によれば、被控訴人の右膝関節部の機能障害は、その運動可能領域が生理的運動領域の二分の一以下に制限されているとはいえ、伸展一七〇度ないし一七五度、屈曲一〇五度ないし一一〇度の伸縮が可能で、その運動制限はおおむね二分の一弱の程度にとどまり、右膝関節の完全強直又はこれに近い状態にあるわけではなく、社会通念上の観点からしても、「一関節の用を廃した」とまではいえないものであることが明らかである。この認定に反する証拠は存在しない。

そして、障害等級表に定める身体障害のうち、下肢(右又は左)の欠損又は機能障害で第八級以下に該当するものとしては、右第八級の七及び第一〇級の一〇のほか、第一二級の七に「一下肢の三大関節の一関節の機能に障害を残すもの」という定めが存するのみであるから、被控訴人の右のごとき右膝関節部の機能障害は、被控訴人主張の等級である第八級の七ではなく、控訴人主張の等級である第一〇級の一〇又はその下位の右第一二級の七のいずれかに該当することになるが、被控訴人の右膝関節の運動可能領域が生理的なそれの二分の一以下に制限されていることからすれば、その機能には右第一〇級の一〇にいわゆる「著しい障害」があるものと認めるのが相当である。

2  右膝関節部の神経症状

〈証拠省略〉によると、被控訴人には、右膝関節部に、右膝を内反又は最大屈曲した場合に強い疼痛が生じるほか、いわゆる遠歩きによつても疼痛を感じる、という後遺障害を残していること、右疼痛は、被控訴人の右膝関節部に著明な裂隙狭少化がみられ、かつ、大腿骨下端及び脛骨上端の骨梁並びに右膝関節周辺の軟部組織に萎縮があるところから、知覚神経の末端機構が刺激されて生ずる、いわゆる運動痛(知覚異常)であること、その反面、被控訴人には、脳、脊ずい及び末梢神経自体について切断、圧迫等の損傷はなく、従つて又、右疼痛は、それら神経自体の損傷によつて惹起される、いわゆる神経学的な症状ではないことを認めることができる。

もつとも、被控訴人は、右疼痛はカウザルギー又はそれに類する疼痛障害にあたる旨主張し、原審及び当審における被控訴本人の供述のうちには、それと同旨のことをるる強調している部分が見受けられる。しかしながら、〈証拠省略〉によると、カウザルギーとは、四肢その他の自律神経の不完全損傷によつて生じ、血管運動性症状、発汗異常、軟部組織の栄養状態の異常、骨の変化(ズテツク氏萎縮)等を随伴する強度の疼痛であり、これと類似の疼痛で、神経幹の損傷がなくても、末梢自律神経の異常な反応によつて同様な疼痛が起こることがあるけれども、局部的な、いわゆる炎症性反応や器質損傷によつて知覚神経の末端機構が刺激されて発生する疼痛(知覚異常)とは、まつたく性質を異にするものであることが認められるところ、被控訴人の右膝関節部の疼痛が、右にみたごときカウザルギー又はそれに類する疼痛に該当しないことは、前叙認定したところによつてすでに明らかである。

そして、障害等級表においては、神経障害による後遺障害の系列としては、第一級の五に「半身不随となつたもの」、第七級の四に「神経系統の機能に著しい障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」、第九級の一四に「神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」、第一二級の一二に「局部にがん固な神経症状を残すもの」第一四級の九に「局部に神経症状を残すもの」と、それぞれ定められているところ、右第七級の四及び第九級の一四は、その文理上いずれも「神経系統の機能」の障害を問題としていることが明らかであるから、脳、脊ずい、末梢神経系統等のいずれかに損傷が生じ、それによつて麻痺その他の機能障害や疼痛等の身体症状が発現した場合のことについて規定したもので、身体各部に生ずる疼痛についても、右神経系統自体の損傷に起因して発生するものに限られ、右神経系統自体には異常がないが、局部的に、炎症性反応や器質損傷等によつて知覚神経の末端機構が刺激されて生ずる知覚異常のごときは包含されないものと解すべきであり、かつ、障害等級表に定められている神経障害以外の系列の後遺障害の等級の序列と対比してみても、かように解するのが合理的であるといわざるをえない。

もつとも、右第一二級の一二及び第一四級の九では、「局部の神経症状」を問題としているところ、〈証拠省略〉によれば、右の、知覚神経の末端機構が刺激されることによつて生ずる知覚異常(疼痛)は、純粋に医学的な用語例としては、「神経症状」に該当しないことが認められるけれども、一般には、かような疼痛(知覚異常)も神経症状の一として認識されているうえ、障害等級表上かような知覚異常(疼痛)について規定している等級は他に見当らないから、第一二級の一二及び第一四級の九にいわゆる「神経症状」には、かような知覚異常(疼痛)も含まれるものと解するのが相当である(なお、〈証拠省略〉によると、労災保険障害補償給付支給の実務も、叙上と同一の見解に立脚して行われていることが窺われる。)。

この点に関し、被控訴人は、心因性の疼痛その他疼痛の発生原因について医学的な説明ができない場合が障害等級表第一二級の一二又は第一四級の九に該当し、医学的に説明の可能な疼痛は、同表第九級の一三又はそれ以上の等級に該当する旨主張するかのようであるけれども、そのように解すべきいわれはなく、ひつきよう独自の見解に由来するというほかはない。

そこで、叙上説示したところによつて被控訴人の右膝関節部に残存している疼痛の障害等級を考察すると、これが知覚神経の未端機構が刺激されて発生する知覚異常(疼痛)であることは、前叙認定のとおりであるから、被控訴人主張の等級である第七級の四ではなく、控訴人主張の第一二級の一二(なお、その疼痛の程度からして、第一四級の九とはみられない。)に該当するものと認めるのが相当である。

3  右膝関節部の器質損傷

被控訴人の右膝関節部には、著明な裂隙狭小化があるほか、大腿骨下端及び脛骨上端の骨梁並びに関節周辺の軟部組織に萎縮があることは、前叙認定したとおりであるけれども、他面、〈証拠省略〉によると、前叙認定した、障害等級表第一〇級の一〇に該当する右膝関節部の機能障害は、同局部のかような器質損傷に起因して発現したものであることが認められるから、労働能力の喪失を招来する後遺障害としてみるかぎり、被控訴人の右膝関節部にかような器質損傷が存することは、右第一〇級の一〇に該当する、同局部の著しい機能障害としてすでに評価されているものというべきであり、障害等級表上、かような器質損傷自体を後遺障害として掲げている等級は、存在していない。

この点に関し、被控訴人は、右器質損傷が障害等級表第一二級の八の「長管骨に奇形を残すもの」に該当する旨主張しているけれども、右等級は、外見上長管骨(大腿骨、脛骨及び腓骨)に変形が想見される奇形障害の場合をいうもので、奇形を伴わない、単なる器質損傷の場合をいうものではない、と解するのが相当であるところ、〈証拠省略〉によれば、被控訴人の右膝関節部の器質損傷は、レントゲンの読影によつて認められるもので、外見上の変形を伴う、いわゆる奇形障害ではないことが明らかである。

従つて、被控訴人の右膝関節部の器質損傷が、同局部の機能障害とは別に、被控訴人主張の第一二級の八に該当するということはできない。

三  叙上みてきたところによると、被控訴人には、その右膝関節部に、障害等級表第一〇級の一〇に定める「著しい機能障害及び同表第一二級の一二に定める「がん固な神経症状」(知覚異常)が残存しているものというべきであるから、次に、この両者の後遺障害がどのような関係に立つものかが問題となる。この点に関し、控訴人は、右両者は通常随伴する主従の関係にあるから、包括的に評価すべきであると主張するのに対し、被控訴人及び補助参加人は、労災施行規則第一四条第三項に規定する、いわゆる併合繰上げの方法によるべきである旨主張しているところ、〈証拠省略〉によれば、昭和四二年一一月一六日付労働省労働基準局長発各都道府県労働基準局長あての通達(基発第一、〇三六号)をもつて、被控訴人主張のとおりの解釈例規(本件行政解釈)が示され、労災保険関係の実務上もこれをいわゆる公定解釈として運用されてきていることを認めることができる。控訴人の右主張は、ひつきよう、この公定解釈に従つたものにほかならない。

そこで、以下、本件行政解釈の当否について検討する。労災保険による障害補償給付を支給すべき身体障害の障害等級については、労災保険法第一五条第一及び第二項が、「障害補償給付は、労働省令で定める障害等級に応じ、障害補償年金又は障害補償一時金とする。」、「障害補償年金又は障害補償一時金の額は、それぞれ、別表第一又は別表第二に規定する額とする。」と規定して、障害補償給付の内容を明らかにし、これを受けた労災施行規則第一四条第一ないし第五項によつて、その具体的な障害等級及び補償給付の額を定めているところ、同一労働者に障害等級表に掲げる身体障害が二個以上存する場合の等級決定としては、右第二項において「別表第一に掲げる身体障害が二以上ある場合には、重い方の身体障害の該当する障害等級による。」としながらも、右第三項において「左の各号に掲げる場合には、前二項の規定による障害等級をそれぞれ当該各号に掲げる等級だけ繰上げた障害等級による。」とし、かつ、その第一号では「第一三級以上に該当する身体障害が二以上あるとき」は一級操上げるべきものとしている。被控訴人及び補助参加人が、被控訴人に残存している右膝関節部の機能障害及び疼痛(知覚異常)につき、いわゆる併合繰上げを主張しているのは、右労災施行規則第一四条第三項の規定を根拠とするものにほかならない。

しかしながら、他面、労災保険における障害補償給付は、労働者が業務上の災害によつて永久的なものとなるおそれのある身体障害を蒙つた場合において、そのために喪失した当該労働者の一般的な労働能力に対する公平な補償を目的とするものであるから、右労災施行規則第一四条第一ないし第五項の規定も、かような障害補償制度の目的に照して合理的に解釈さるべきことは、いうをまたない。従つて、いわゆる併合繰上げによつて障害等級表が定める全体の序列と明らかに矛盾するに至る場合(例えば、同一部位に障害の系列を異にする二個以上の身体障害があるが、これを単純に繰上げれば、当該部位の欠損又はそのすべての機能喪失についての等級を上廻わる結果となるとき)や、障害観察のいかんによつては、障害等級表の二個以上の等級に該当するが、実際には、一個の身体障害しか存在しない場合には、労災施行規則第一四条第三項をそのまま適用することはできないもの、というべきである。そして、本件行政解釈は、「重い外傷又は疾病により器質的又は機能的障害を残す場合には、一般に患部に第一二級又は第一四級程度の疼痛等神経症状を伴うが、これを別個の障害としてとらえることなく、器質的又は機能的障害と神経症状のうち最も重い障害等級によること。」というのであるから、帰するところ、複数の観点からの評価が可能であるため、障害等級表上複数の系列の障害等級に該当することになるが、そのすべてを包括して一個の身体障害にあたるものと観念するのが相当である場合についての取扱いを示したものと解されるところ、〈証拠省略〉によれば、外傷又は疾病による器質又は機能障害が残存する場合には、それに伴つて障害等級表第一二級の一二又は第一四級の九に定める疼痛(知覚異常)等の神経症状が発現するのが常態であつて、少くとも医学的には、その全体を一個の病像として把握すべきものとされていることが認められるところ、かような原因結果の関係をなす器質又は機能障害と疼痛(知覚異常)等の神経症状についていわゆる併合繰上げをすることは、障害等級表が定める全体的な障害序列を乱すことにもなりかねないから、医学的な見地からはもちろん、前叙説示のごとき公平な補償を目的とした障害補償制度上の観点からしても、原因たる器質又は機能障害とそれに随伴して生じる疼痛(知覚異常)等の神経症状とは、両者を包括して一個の身体障害にあたるものと評価するのが相当である。そうであるならば、結局、労働者が外傷又は疾病によつて器質又は機能障害を残す場合について、通例それより派生する疼痛(知覚異常)等の、障害等級表第一二級の一二又は第一四級の九に該当する神経症状を随伴している場合には、障害等級表上複数の観点からの評価が可能ではあるが、これを包括して一個の身体障害としてとらえる結果、いわゆる併合繰上げを定めた労災施行規則第一四条第三項が適用される場合にあたらず、そのうちの最も重い障害等級(通常器質又は機能障害のそれがこれにあることになろう。)をもつて評価すべきことになる。従つて、結局これと同旨にいでた本件行政解釈は、正当として是認することができる。

もつとも、この点に関し、補助参加人は、右のように解釈した場合、器質又は機能障害から疼痛(知覚異常)等の神経症状が派生するのが常態だからといつて、常に両者が随伴するとはかぎらないから、疼痛(知覚異常)等の神経症状があつてもなくても、器質又は機能障害の同一等級をもつて評価されるという不合理な結果を招来する、と主張している。しかしながら、我国の現行障害補償制度は、僅かに一四等級の障害序列を定めるにとどまり、しかも、その各障害系列ごとにみれば、それぞれの系列ごとにすべての障害序列を掲げているわけではないから、同一の障害等級に属する身体障害であつても、その上限にあるものと下限にあるものとでは、それなりの不公平を甘受せざるをえない結果となつていることからすれば、補助参加人の右主張するところは、むしろ現行障害補償制度のかような不合理さに由来するものというべく、それがために、直ちに前叙説示するところを覆して、本件行政解釈のような場合にも、労災施行規則第一四条第三項を適用すべきものとするのは、相当でない。

四  そこで、叙上説示したところに従つて、本件の場合について考察を加えるに、前叙二1ないし3で認定した事実関係によれば、被控訴人には、労災保険障害補償給付の対象となる後遺障害としては、障害等級表第一〇級の一〇に該当する「著しい機能障害」と同表一二級の一二に該当する「がん固な神経症状」とが残存しているところ、そのいずれもが、右膝関節部の同一部位に局在する身体障害であるうえ、前者は、同局部に存する著明な裂隙狭小化や大腿骨下端及び脛骨上端の骨梁並びに関節周辺の軟部組織の萎縮等の器質損傷によつて発現した機能制限であるのに対し、後者は、かような器質又は機能障害に由来して派生する、いわゆる運動痛(知覚異常)であることが明らかであるから、本件行政処分が、右両者を包括して一個の身体障害として評価し、重い前者の障害等級第一〇級の一〇に該当するものと判定したのは正当であつて、何ら違法の咎はない。

従つて、本件行政処分の取消を求める被控訴人の本訴請求は、失当たるを免れない。

五  そうすると、これと結論を異にする原判決は不当であるから、これを取消して、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤秀 篠原曜彦 森林稔)

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